はいみどりの世界

すてきな記憶を忘れないために

映画ドラえもん のび太の宇宙小戦争2021観てきた

「グッバイ、ドン・グリーズ 」を3週連続で観た後、劇場版ドラえもんを久しぶりに観てきた。

大きな映画館で映画を観る楽しさを久々に味わった後、楽しい映画を観たいと純粋に思ったからと、KAI-YOUのドングリーズのいしづか監督のインタビュー記事の中で大長編ドラえもんについて触れている部分があり、いしづか監督の1つの原点がドラえもんであることを再度確認してみたかったということもありました。

以下、少しネタバレになるかもしれませんので、これから鑑賞される方はそのつもりでご覧下さい。まあ、ドラえもんのお話は基本ハッピーエンドというお約束(予定調和)なのですが。

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筆者は、これまで何度も毎年、春に恒例の劇場版のドラえもんを息子と見てきています。

最後に息子と観てきたのは、2020年に公開された「スタンドバイミードラえもん」でしたが、これは3DCGアニメでちょっと雰囲気の異なるものでした。

通常の春先に公開される劇場版ドラえもんは、この同じ年、コロナの影響で夏に公開された「映画ドラえもん のび太の新恐竜」です。筆者はこれも観ています。

この翌年の2021年春に公開される予定だった劇場版ドラえもんは1年延期され、今回ようやく公開されたのでした。

そのため、タイトル名には「のび太の宇宙小戦争2021」のように、末尾に2021と付けられています。

今回の「のび太の宇宙小戦争(リトルスターウォーズ)2021」は、1985年に公開された「のび太宇宙大戦争」のリメーク版です。この「のび太宇宙大戦争」はいわゆる大長編ドラえもんの第6巻を元に製作されています。

いしづか監督のコメントにあった大長編ドラえもんに繋がる訳ですが、この「のび太宇宙大戦争」は、「冒頭にすこし不思議な出来事が起きて」とか、「ひと夏の冒険」というストーリーとちょっと雰囲気が異なるものでした。

劇場版ドラえもんの特徴は、ドラえもんを含めた5人が、日常とは違う世界で助け合って頑張るというストーリーが基本なのですが、今回の「のび太宇宙大戦争」は地球から離れた別の星でのクーデターによる民主政権が独裁者に乗っ取られて、圧政をしいている状況下から大統領が地球に逃れてきて、それを追ってきた独裁政権が大統領を連行しようとし、それを見かねたのび太ら5人が大統領やその国を救うために自分達からその星へ向かうというものなのです。

この映画のストーリーが進むにつれ、元の政府が地下組織(レジスタンス)として、軍事政権に対抗して戦っている姿が描写されたりしているのを観ていると、これは映画の中だけの話ではないと思われてしまいます。

ウクライナと似ているというか、これから、もしもロシアにウクライナが掌握されたら、旧ウクライナ政権側が、レジスタンスとして戦うことになるんだろうなと考えてしまいました。

ドラえもんの映画を見に来ている観客層の多くは、小学1年〜4年くらいではないかと体感しているのですが、現実の世界の出来事と意識している人はどのくらいいたのかなと。

日本では国内で戦争状態にあったことは、もう70年以上存在していないのですが、ウクライナの状況を映像で見るにつけ、その状況下で生活する、生きていくことの異常さを感じざるを得ません。このドラえもんの映画を観た子供たちが、これからの人生の中で戦下で生活することが無いようにと思ってしまいました。

ストーリーの中で、スネ夫が自分が戦うことに対して、恐怖で逃げたくなる心情を吐露したり、しずかちゃんがスネ夫の前ではなく、戦車に一人で乗って、

「このまま独裁者に負けちゃうなんて、あんまり惨めじゃない。やれるだけのことを、やるしかないんだわ」

と自分に言い聞かせるようにいうシーンに、何とも言えない気持ちになりました。

このシーンは、1985年のオリジナル版から変えられていません。

しかも、今回のリメーク版は、当然、昨年公開するために製作されていたので、ウクライナの侵攻を意識していた訳では当然ありません。

パピ大統領の演説のシーンも感動します。

映画を観終わったあと、ウクライナドラえもんがいたらなあと思いました。

ウクライナに平和が早く訪れて、以前の平穏な生活が取り戻せるように願ってやみません。

おまけ:

1)パピ大統領の愛犬ロコロコのCVはドングリーズのトトのCVと同じ梶裕貴さんです。

2)今作でのスネ夫がヒーローであるストーリーはあまり見かけない貴重なものです。

3)いしづかあつこ監督の誕生日はドラえもんと同じ9月3日です。

(2022年3月13日)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

グッバイ、ドン・グリーズ鑑賞の記録(4回目)(完結編)

ドングリーズ4回の鑑賞の記録

この文章は筆者がこれまで4回に渡ってドングリーズを鑑賞した気持ちの変化を書いたものです。

それぞれの回における鑑賞後の筆者の気持ちに点数を付けると以下のようになります。

(あくまで鑑賞後の筆者自身の高揚度の点数であり作品の自体の評価ではありません)

ネタバレを含みますので、未鑑賞の方は、そのつもりで見てください
(なお、このブログ中では、この文章を書いている自分自身のことを「筆者」と呼んでいます)

(1回目:東京国際映画祭  :20点)

(2回目:公開1週目の日曜日:40点)

(3回目:公開2週目の土曜日:80点)

(4回目:公開3週目の土曜日:98点 99点かも)

(1)1回目の鑑賞(リンク)
(2)2回目の鑑賞(リンク)
(3)3回目の鑑賞(リンク)

(4)4回目の鑑賞(本記事)

(以下、便宜上、道が水没しているシーンまでを前半、それ以降を後半と呼びます)

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(4)4回目の鑑賞

1. 開演直前と視聴環境

4回目の鑑賞は、3月5日土曜日の朝、8:35の回。
今回は大きなスクリーンで観ようと前日から、神奈川県内の大きなシアターを探した。
しかし、3週目になる今日からは、ほとんどが100席程度の比較的小さなスクリーンだった。
また、夜の最終上映(20時過ぎ)が多く、筆者は家の都合で遅い回は鑑賞出来ない。
でも、ようやく京急川崎駅の近くに、比較的大きなスクリーン(TOHOシネマズ川崎)を見つけた。
客席数は240席、そこそこ大きいかなと思った。
予約サイトを開くと、前側の席と後側の席を挟んだ真ん中の通路のすぐ後ろの列はど真ん中の席が並んで2席予約済みだった。
この席を前後に分ける通路を挟んだすぐ後ろの席は前列の席との間隔が空いており、筆者は結構好きな席なんだけど、予約ずみの方と同じ列の横並びの席では、ちょっと気が引けたので、通路を挟んだ前側の1つ前の列で、若干脇に寄った位置の席にした。
スクリーンは比較的大き目だったので、センターから少し脇に寄っても許容範囲ではないかなと考えた。
その他の席は、この予約の時点では、通路の前側の席の筆者よりさらに前方の列の反対側にもう一人予約されていた。この人は視界に入るかもしれないけれど、前回ほど近くはなかったので、これも大丈夫かなと思った。
前日に、小説(スピンアウト版)を読んでいこうかとも考えたが、寝る時間が結構遅くなり、寝不足では集中力が欠けるので、読まずに寝ることにした。
でも、数日前に知ったKAI-YOUのドングリーズの記事(いしづか監督へのインタビュー、自身が語るネタバレ満載記事)はまだ読んでいなかったので、これだけはざっと目を通した。

kai-you.net

翌朝、6時に起床、すぐ家を出て、最寄り駅までバイク、さらに電車に乗って40分、京急川崎駅に着く。
電車に乗車中、前述のKAI-YOUの記事を再度、入念に読み込む。何より、トトの宝物が何なのかがわかるシーンがあることに注目し、そこは見逃さないように意識しようと思った。
駅に着いて、まだ、上映まで小一時間あったので、近くの地下街の大手コーヒーショップで朝食を取ることにする。
ささっとソーセージドックを食べ、ミルクティーを飲みながら、持参したスピンアウト小説を読むことにする。
既に、ドロップ編は読んでいたし、今日の鑑賞における注目点、チボリの登場シーンの理解に関係すると思い、チボリ編を読むことにする。
チボリ編は76頁あるが、30分で何とか読み切れるか微妙だったが読み進むことにする。
開演10分前に、ちょうど、チボリとのあのネモフィラの公園のエピソードまでの部分を読み終えた。最後まで読んでいると開演時間に間に合わなくなるので、続きは後にして、上映館(シネコン)に向かった。

地下街から、映画館のビルのエレベータのある1階の入り口のアクセスは分かりにくかったが、適当に当たりをつけて、階段を登ったら、まさにそのビルの入り口のすぐ脇に出た。

今日はすごく、流れがいいと思った。

すぐ発券機で発券し、目的のシアターに向かった。
客席に入ると、例の予約済みの真ん中の2席は、若いカップルだった。

なるべく見ないようにして、その前の列の自分の席を確認して着席。
今日も、前回同様、飲み物を持ち込まず、スクリーンに集中するつもり。

スクリーンのサイズもそこそこ大きく、若干見上げる感じだが、シートに潜り込む感じもあり結構いいかも。前の列の人も視界に入らない。(最終的に、この日は自分を含めて8名の観客だった)

着席してジャケットを脱ぎ、ケータイの電源を切り、腕時計を外す。

筆者は画面に集中するため、いつも腕時計は外している。
すぐに予告編が始まり、そして本編上映開始。

2.  本編上映シーンとその間の気持ちの変化(以下、ネタバレだらけです)

本編が始まる。

<滝のシーン>
滝で電話が鳴る。
ドロップ(あの服でわかるが顔は見えない)登場。
3回目では、袖の形でドロップとわかったが、今回(4回目)では、後ろ姿も描写されてたことに気がつく。
この背格好から、前もってチラシをみていればドロップだと分かりますね。

<自転車のシーン>

唐突に始まる2人の自転車の疾走シーン、この唐突さと意味不明さはやはり何回見ても同じだった。
3回目にして気がついたのは、トトの髪型だけだったが、今回はロウマも短めであることが分かる。回を重ねると色々よく見えて来ますね。

(中略):(途中のシーンの説明を略するの意味です、以下同様)

 

<ほうれん草のくだり>

3回目ではロウマの家のテレビの画面内に映る南極の夕方の空がわかりましたが、今回は、その前のペンギンのシーンとさらには、前回までは聞こえなかったよりもいの台詞も少し聞こえました。
音響は今回が明らかに良いことを感じました。

<女装シーン>

女子に仮装するシーンでロウマだけが男装だったのは、ロウマがモテモテであることを見せつけるためだったことを今回理解しました。
クラスメートの女子の「あれ、鴨川じゃない?」という台詞で、鴨川=ロウマであることを完全に理解していたからです。
(2回目、3回目でも気がつかない筆者はボンクラです)
(言い訳をすると、あの花火大会など、ロウマの住んでる地域は千葉県の鴨川近辺ではないかとずっと思っていたから、鴨川がロウマの苗字であることへの注意が欠落していたかもしれないですね)

そんな訳で、ロウマのために、トト(もちろんドロップも)が女子に仮装することを示すエピソードであることを今回理解しました。

(中略)

<チボリとの出会い(過去シーン)>

そして、これまで筆者がずっと気になったネモフィラ公園のチボリの台詞部分です。
筆者は、前述のように鑑賞の直前にチボリのクラスでの立ち位置を小説で理解しています。
もちろん、小説を読まなくても、このチボリのロウマに対する接し方はこのカットだけでもそこそこ伝わっていました。

で、例のCMOSの発音ですが、今回、さらに気にならなくなっていました。
昔、御用評論家の方がキザな感じで、CMOSの発音をチボリのように、最初にアクセントを置いて発音していたような気がしています。
まあ、そういうこともあるみたいですし、ほぼ完全スルーです。

また、チボリは過去に英語圏に住んでいたのかという件ですが、小説によれば、西日本には居たことがありますが、外国には住んでいません。
なので、帰国子女の線はないですが、親がそういう風に言っていたからか、怪しい評論家の発音に騙されたからかなと思います。

小説版のチボリのくだりは読むと良いと思います。

(中略)

<ドローン探しの行程>

山中を巡るシーンですが、その長さは3回目と同じか、さらに短く感じました。
D200(一眼レフ)を最初に川に流された時にどこに置いていたのか、夜に再度取りに行って川に落ちた時に濡れなかったのかが気になりました。1点減点 (未確認:*4)
スクリーンを見る余裕があり過ぎると、こんな細かいところが気になってしまうのは困ります。

(中略)

後半です。

<帰宅する帰り道>

帰り道では、顔に傷バン貼ってますね。

(中略)

<ドロップ喪失後の2人の日常>

ドングリーズの秘密基地を壊し、燃やすシーン
ここでトトが宝物を既に持っているとのコメントがKAI-YOUのインタビュー記事にありましたと前述しました。

火に向かって2人が佇んでいる時、トトが独り言のように言っています。
その後、ロウマがトトに何かを渡しています。
小さいもののようですが、よくわかりませんでした。
その後、コーラのペットボトルを飲むシーンとなるのですが、では、渡したものはコーラだったのでしょうか?
宝物はコーラではないですね。まあ、宝物の地図ではありますが。(*1)

 

髪を伸ばし始めていることが、画面上からわかります。ゴムのようなもので束ねています。
長さから判断して3ヶ月くらい経過していると思います。

実は筆者も10年くらい前に髪を背中辺りまで伸ばしていたことがあります。
なので、伸び方と時間経過は大体わかります。
2年くらいの髪の伸び量は合っていると思います。
筆者は、そう若くない時に伸ばしたので、若い2人はもっと長く伸びたかもしれません。
なお、結構髪が傷みやすいので、そこは気を遣いますね。


ここから、台詞がなくなり、曲が流れます。
この曲については、後述します。

<チボリがスマホを見ているシーン>(短い):1点減点
前回、チボリが美容室にいるシーンがあると書きましたが、スマホ見ただけのシーンでした。
スマホの画面がどういうものだったかは、見落としました。

というか、ここは0.5秒くらいです。無理です。

<ロウマとトトが髪を切るシーン>(短い)

理容室か美容室です。
ヘア・ドネーションのためですね。

<冒頭の自転車のシーンが再度登場>
そして、冒頭の自転車のシーンです。
ここで、髪の長さが切った直後と同じということから、アイスランド行きの直前まで伸ばして居たことがわかります。
出発直前まで、なるべく長く伸ばしておこうという気遣いがわかります。

アイスランドへ>
飛行機が離陸して、模型が世界地図の上を飛びます。
ロシアの上を飛んでいます。
ウクライナは見えません(わかりません)でしたが、カザフは読み取れました。
モスクワの北の方を飛んでいます。(*2)

アイルランドに到着して、あの空港の前のモニュメントが描かれています。
この後、ずっと滝探しの描画が台詞なしで続きます。

この間に流れている、歌(音楽)が筆者は初回鑑賞時からずっと気に入っています。
英語だったので、3回目までは意味は少しも取れていませんでしたが、今回は少しだけわかりました。
2人の気持ち、感情を描写していると鑑賞中に理解しました。(*3)


<電話機のシーンからエンディング>
あのコーラのラベルのテキストの件です。
3回目まで気がついていませんでしたが、4回目にして、勘違いしていたことに気がつきました。
まず、全体を少しアップで映し、次に、再度、少し引いた画で映していました。
でも、やっぱりテキストは少し長いかな。

さらに、そのラベルの右側に、メモ用紙みたいなものがあり、
What is your tresure? 
って書いてありますが、これは誰が書いたもの?ドロップかな?
まあ、これがあったからといって、ストーリーに影響はないですが。

ところで、このコーラのラベルは約3年間ここにあった訳ですが、誰も掃除に来ないの?って、ちょっとだけ、本当にちょっとだけ思いました。
余裕があり過ぎると余計なことを考えてしまいますね。

最後にあの呼び出し音が誰なのかですが、特典の後日談の小説も、スピンアウト小説にも記述はありませんでした。
筆者なりにも考えてみました。(2通り考えました)
ここには書きませんが、筆者にお会いする機会がありましたら、皆様に披瀝したいと思いますし、皆様の説もお伺いしたいですね。

そして、帰りの空港で2人が休んでいる(ロウマがスマホ見てる)シーン、チボリのタイムズスクエアのシーン。

ここでエンディングですね。
全てのストーリーが4回目でそらで言えるようになりました。
(筆者、やっぱりボンクラですね)


3. あとがき(まとめ)
今回は3回目を見る前とは異なり、本当にもう一度観たくて映画館へ行きました。
純粋に楽しめました。あのアイスランドへ向かう時に流れる音楽のあたりで、目の周りが潤んでいました。

画面が大きいって重要でした。音も良いに越したことがありません。

3回目の感想時には、よりもい民に勧めるかについては、はっきり述べませんでした。
それは、よりもいがウケた理由が人によって本当に異なるからです。

よりもいとは違って、女子が出て来ないことで、この作品に対する興味が薄い方には、勧められませんね。
日向推しの方でよりもいにハマった方には2通りあるらしく、日向と同様に仲間に裏切られた(そう思った)方にとっては、不条理な世界を感じることは物語であっても避けたいのかもしれません。
筆者は、日向の陸上部の同期の方々は心の底から悪気があったと思っていませんし、日向も陸上部をやめた、そして学校を退学することになったことの理由はもっと複雑な事情があったのだと思っています。日向はあの陸上部のメンバーのSNS(LINE=BINE)のメンバー登録をずっと外していなかったことの意味を考えています。(筆者は、そういう、もう1つの視点で日向を見ていて、それをモチーフに小説(ラノベ)にしています)
もしも、報瀬がSNSをやっていたら、同じ状況なら遠の昔にブロックしていたと思いますが。

今回の作品においてトトがめぐっちゃんであるということを前回のまとめに書きました。
めぐっちゃんは、よりもいでは明確な日々の暮らしにおける目的がなかったこと、そしてキマリに目的を見つけられ、先を越されたことに対して、何ともし難い感情を抱いてしまいました。
でも、色々やってしまった後で、間違いに気が付いたのです。
筆者はキマリ推しです。なので、今回、キマリそっくりなロウマの視点に立って物語を眺める(普通はそうですね。なんなら、冒頭からモノローグはロウマなのですから)と、すっと物語が入っていきます。(初回時、2回目は、別のメンバーからの視点で見ていたのは前回までに述べています)
だから、キマリの親友であるめぐっちゃんのことをトトになぞらえて描写してくれたことに、よりもい視聴時のめぐっちゃんに対するモヤモヤ感が少し晴れたと思いました。
(あくまで、筆者の捉え方です。いしづか監督がそう言ったわけではありません)

筆者がロウマにキマリを感じた瞬間は、ドローンの映像に自分達の街を小さな灯りとして見つけたときの言葉です。
あのシンガポールで、大きなビルの屋上から、世界のそれぞれの街の人々の生活についてすごいって言ったことに繋がりました。
こんな感性のキマリが好きです。

という訳で、よりもい民というよりも、いしづかあつこ監督作品ファンにお勧めしたいと思います。
(なお、筆者は、ハナヤマタも好きです)

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*1)
トトの親が決めた路線を疑問をさほど持たずに進んでいました。
でも、やはり、そのことに対する疑問が時々湧いてくることの苛立ちを感じていました。
今回、トトの宝物が何だったかをあの基地を解体して燃やすシーンの中で描写しているといしづか監督は述べています。
筆者は、トトの宝物は、医者になることの目的意識を得られたことかなと思います。
(この記事を書いた後、もう一度KAI-YOUの記事を見返すと、形のあるものではなく、未来に手にするものと書いてありましたね)

*2)
かつて、冷戦状態だった80年代初頭、筆者は、欧州へ卒業旅行へ一人で行きました。
就職前の長い休みを取れる最後の機会だったからです。旅行資金はローンを組みました。
この旅行は筆者の人生に大きな経験をもたらしてくれたと思います。

若いうちに広い世界(知らない世界)を実感し、いろんな角度からものを見る、考えることが大切だと思います。

この時のロンドン行きの便は、アラスカのアンカレジ経由で、北極海の上を飛んで行きました。
当時、ロシア(ソビエト連邦)の上を旅客機が飛ぶことは許されていなかったのです。
なので、この描写がこれが最後にならないことを祈りたいです。
なんなら、筆者のハネムーンはスペインだったのですが、モスクワで途中給油するという珍しいもので、帰りの便では、飛行機の予期しない整備の都合で時間が余ったため、飛行機を降りて、空港の建物内まで入りました。
平和なロシアになって、また行けるようになってほしいです。

ウクライナ情勢が緊迫の度を高めている中、このようなアニメに対する長めの文章を書いていることに対して平和の有り難みを改めて感じています。
あのキマリのシンガポールでの発言、ロウマの自分の街を俯瞰して言った感想、全て、一人一人の生活があるのだとそれを実感させられています。
それを全て奪ってしまうような、ごく一部の人の他人に対する思いやり、慮りがないことに悲しさを感じます。
これは戦争だけではなく、日々の生活でもそうなのでしょう。ちょっとした視点の転換で感じ方、考え方が変わります。
今作品の4回の鑑賞を通じてそれを改めて感じさせられました。
いしづか監督凄いです。そんなことを考えることが出来てとてもよかったです。ありがとうございます。

*3)
映画を観終わった後、清々しい気持ちになりました。
そして、それから、あの駅前によくある大型カメラ店へ行って、CDを買いました。
藤澤慶昌さんの劇伴(サウンドトラック)です。
店頭には見つからなかったのですが、探してもらったらありました。大きいお店にはあるんですね。

あのアイスランド行きの飛行機のシーンで流れていた歌詞付きの曲の音楽部分があることを期待しました。
歌詞付きの音楽なので、このCD内に入っていないのかなと思いましたが、とりあえず買って見ようと。
帰りの電車では、鑑賞前に読み残したチボリのエピソードの続きを読み、そして家に着くとすぐ、CDを開封してインナーシートを見ました。
歌詞(英語)が書いてある曲が4つありました。
目的の曲は27番目、「To the World」でした。
曲を流し、この英語の歌詞に目を通します。
やはり、主人公の心情を表す内容でした。
何より、驚いたのは、作曲はもとより、作詞も藤澤さんなのです。藤澤さんって凄いです。
そして、この曲を歌っている「YAMO」さんの名前ですが、ネットで調べてもプロフィールが出てきません。
1つそれらしいアルバムがありましたが、ちょっと曲調(ジャンル)が違う感じです。
また、気になるネタが出てきましたが、まあ、今は、しばらくこの曲をヘビロテして何も考えないことにします。

これで、ひとまず、グッバイ、ドン・グリーズ の鑑賞記は終わりにします。お付き合いありがとうございました。

(2022年3月5日、4回目の鑑賞直後に記す)

4)ロウマが一人でカメラ(D200)を取りに滝の上に戻るのは、カメラをトトを助ける時にそこに置いてきたということですが、2度目にトトが川に落ちたその場所へ戻った後、そこから、滝を滑り降りて、最初の焚き火の場所に戻った時に、カメラを再びそこに置いてきたのかどうか(筆者の記憶では)定かではありませんでした。

もし、そうだったら、再々度、3人でその同じ場所へ戻り、カメラを入手して、星空の撮影に行ったということのようなんですね。(筆者未確認のため確証はありません)

という訳で、減点ポイントは保留にしておきます。(ご指摘がありましたので)

(2022年3月13日)

グッバイ、ドン・グリーズ鑑賞の記録(3回目)(まとめ)

ドングリーズ3回の鑑賞の記録

この文章は初回、2回目の鑑賞した後の気持ち、3回目の鑑賞後の気持ちの変化を記しています。

ネタバレを含みますので、未鑑賞の方は、そのつもりで見てください
(なお、このブログ中では、この文章を書いている自分自身のことを「筆者」と呼んでいます)

(1回目は東京国際映画祭、2回目は公開1週目の日曜日、3回目は公開2週目の土曜日)

(1)1回目の鑑賞(リンク)
(2)2回目の鑑賞(リンク)
(3)3回目の鑑賞(本記事)

(4)4回目の鑑賞(リンク)

 

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(3)3回目の鑑賞

実は筆者はこの3回目の鑑賞をどうするか当日の朝ギリギリまで悩んでいました。
ムビチケはあと1枚ありました。
なので、3回目(2週目)の特典は後日談の書かれた小説ということなので、これだけは貰いに行こうと。
あの最後のシーンの電話の主は誰なのか、そして、筆者の予想とあっているのかの答え合わせをするためです。
(ちなみに、この文章を書いている現時点でまだ、この2週目特典に目を通していません)

まず、どの映画館に見に行くかを検討しました。
もっと大きなスクリーンであの滝を見て見たい、もっといい音響で、臨場感を味わいたいなどの想いもあり、電車賃と時間を掛けて遠くの映画館に行くことは何度も考えました。
でも、これまでの2回の鑑賞で感じていたネガティブな印象が更に重なるようなことになったら、途中で退場できるのか。
そして、もし、途中退場することになったら、そこまでして遠くの映画館に行く時間がもったいないではないか。
本当に悩みました。そこまでのモチベーションは本当に無かったのです。
そして、当日の朝になって、家族の了解を得て近くの映画館に行って特典は貰い、とりあえず着席し、視聴中に耐えられなくなったら、すぐ退場して本屋にでも寄って、何か気晴らしの本でも買って帰ろうと決めて、映画館に向かったのです。


1. 開演直前と視聴環境

3回目の鑑賞は、2回目の1週間後の朝、9:50の回。
前回の鑑賞と同じ、筆者の地元の小さなキャパの映画館(シネコン)です。
このシネコンにはスクリーンは全部で10個ありますが、前回と全く同じシアターで上映されました。
土曜日でしたが、前回より1時間遅い時間でも公開2週目なので、客席が埋まることはないとは思っていましたが、着いた時には、客席には誰も居らず、今日は完全に一人で集中して観れると思いました。
前回は、視界に誰も入らないように多少無理してスクリーンに近い3列目の真ん中の席にしましたが、今回は、5列目の真ん中の席。このシアターの小さなスクリーンにおいてはちょうどいい距離感でした。
でも、やっぱり78席のシアターはスクリーンが小さいなとか思いながら予告編が始まりました。ところがここで荷物を一杯抱えた方がやって来て、筆者の1つ前の列の斜め前に座りました。
こんなに少ない観客なのに、どうして他の人のすぐ近くの席を取るのかな〜と思いましたが、視界には、なんとかスクリーンにかからない位置だったので、「まあ、いいか」と思いつつ、さらに後ろを振り返るとずっと後ろの列の隅にも、もう一人いました。
前回に引き続き、今回も自分を含めて3人の観客で鑑賞することになったようです。
でも、今日は視界に他人が入るんだなって思いつつ、更にその方の持ってきた食べ物らしきものの包装のカシャカシャした音が既に少し気になっています。
本編上映前に全部食べきってくれるといいんだけどと思っているうちに、シアター内が暗くなり、本編が始まりました。

ところが、その方は本編が始まってから食べ物を開封して食べ始めました。
本編が始まる前に流れたスクリーン上の劇場の鑑賞の注意点の案内文には、
「本編が始まる前には、食事をしないでください。食事をすると、他の方と自然に会話をすることになるから、それを避けるためです。」
のような趣旨のことが書かれていましたが、その方は単独で来館していたので、そんなことは全く関係ないことだったので、ちょっと残念でした。
まあ、ポップコーンではなかったので、鑑賞中延々と匂いが漂ってくることもないので、気にしないでいこうと。
でも、集中力は前回よりも劣るだろうと思いつつ。(*3)


2. 本編上映シーンとその間の気持ちの変化(以下、説明上、ネタバレだらけです)

本編が始まる。

<滝のシーン>
滝で電話が鳴る。
ドロップ登場。(あの服でわかるが顔は見えない)
初回鑑賞時では、当然ここではドロップとはわからない。(前もって情報の仕込み(登場人物のキャラデザの把握、チラシなどの読み込み)をしていれば、気が付いたかも)

<自転車のシーン>
あの唐突に始まる2人の自転車の疾走シーン、この唐突さと意味不明さは何回見ても同じだった。
ただ、3回目にして1つ気が付いたのは、髪型が違う。
トトの髪が短い。(ロウマもだけど、そこまで目がついていかなかった)
これは、当然1回目の鑑賞時はわからない。時間経過もわからない。
(筆者は2回目にも解らなかったのは、筆者がボンクラだから)
(言い訳をすると1回目の東京映画祭での上映館のスクリーンは小さくて、暗かった印象がありディテールを見るためとしては視聴環境は良くなかった)

そのあと、時系列が過去に戻る。

<高校1年の夏>
トトが登場。
ロウマと2人で秘密基地に移動。
ここでドロップ登場。
名前が佐久間だからドロップ。すんなり名前が入る。
(今回の鑑賞時はトトもドロップも登場人物の名前と顔は最初から完全理解している。この差は大きい)

ドロップがドングリーズのメンバーになっていることは、トトの気持ちになってみるとちょっとどうなのかと思うが、ロウマはあまり気にしないタイプなのかなと。
(劇中でも、トトがそのように後で言ってる。このことについては後で記述します)
1回目に感じたのは、トトが東京へ行ってしまい、ロウマは代わりのメンバーが欲しかったのかなと考えたが、このことは3回目の鑑賞では気にならない。

<ほうれん草のくだり>
3回目だから、全く気にならない。中二病ってロウマにもあるんだって、妙に納得している。
お父さんが、中二病に詳しいのは、アニメオタクだから?

ロウマとトトのクラス(中学)での立ち位置の説明。
自分達だけの花火大会をするための必然性の説明。
そして、ドローンの入手、その目的の説明。
と物語は続いていく。

<女装シーン>
でも、女子に仮装することの必然性はそんなには感じない。
話の展開上必要なものだということは、物語の進行でわかることになるが、やはり唐突感は否めない。
あの2人がそれをためらいなくやれるようなキャラならクラスの隅にいることはなかったと思う。
ドロップにそそのかされて、一番やらなさそうなトトが女装したのは、実は肝が座った奴だから?
いやそうではなく、ロウマのために(友達のために)仕返しをしたい気持ちが湧いたから。
そして、ロウマが女性ではなく、男性キャラを演じていたのはなんか理解できる。

(中略)

<チボリの出会い(過去シーン)>
もう3回目なので、CMOSの発音は帰国子女ということにしてスルー。

(中略)

<ドローン探しの行程>
以降、3人が千葉?の山中を巡る行程が描写されるのですが、アニメ的表現は筆者は気になりませんでした。
むしろキャラの表情が結構崩されていることから、イケメン登場という訳でもないし、そこは作風として筆者としては何の問題もありません。
もしイケメンキャラだったら別の理由でこの作品を遠ざけていたかもと思います。

作画とは関係ありませんが、もうちょっと、広い地域を巡って欲しかったというのはありますが、「堂々巡り」ということを伝えたかったのでしょうね。
(この間の星空のシーンは好きです。天の川があれだけはっきり肉眼で見えるのかはわかりませんが。流星痕の描写はリアルでした。筆者は一度だけ生で見たことがあります)

そして、唐突にこの小さな旅の終わり(水没している道路のシーン)を迎えるのですが、3回目の鑑賞時にはこれまで気になったことが全て筆者の中で既に咀嚼出来ており、2回目までの視聴時における唐突感はなかったです。
ストーリーを既に知っている訳ですから当たり前ですね。1回目の鑑賞時はここまでが長かったと感じました。それは筆者がストーリーを十分理解出来ていない状況が積み重なっていたからだと分析します。

このシーンまでの前半の部分は、前回までは本当に長く感じました。

先が見えない道は長く感じます。1回目の視聴時は展開がわからないので、一層長く感じます。2回目は、実際に体感した時間の長さをそのまま感じたのだと思います。

この3回目の鑑賞時では、1回目、2回目の3割減くらいの長さに感じました。(この理由は後で考察します)

筆者的には、この前半の部分と、これ以降の後半の部分の比率が体感的に初回、2回目は8:2でしたが、6:4くらいの方がいいかなと思いました。
3回目の体感は、6:2くらいです。(前半部分だけが以前より短く感じ、後半は相変わらず短い)

(中略)

<ドロップ喪失後の2人の日常>
あの2日間の対比として、ここからの2年間の尺がとても短いですが、その時々における時間経過の表現に髪の長さを使っている訳ですね。

作中で、「ドネーション」という言葉が出て来ます。
筆者はすぐに、ヘア・ドネーションと理解しました。
がん患者の多くは抗がん剤の影響で頭髪が抜け落ち、治療を続けている間はすぐには復活しないのです。
筆者はごく身近にその状況に置かれている方がいて、それが女子である場合のその重みをひしひしと感じさせられています。

ここら辺は、ロウマやトトの優しさを感じるエピソードでもあり、時間経過をうまく表しているのだと思います。
もちろん、どのくらいの時間が経っているのかは、注意深く画面内を見ていないとわかりにくいですね。

チボリの美容室のシーンが少し挿入されるのですが、ここのディテール、シーンの意味は3回目でも、ちょっと見逃してしまいました。(*2)
(やっぱり、筆者(自分)はボンクラだ)

<冒頭のシーンが再度登場>
ここでようやくあの自転車で疾走するあの冒頭のシーンが出て来ます。
ここでは、鉄道(関東鉄道)が廃止されたからと説明しているので、交通機関のない地域において微妙に距離のある場所へ移動するのに、誰もクルマで送ってくれないから、自分達の自転車で空港へ行くのは特段変ではないかなとも思います。

アイスランドへ>
飛行機に乗ってアイスランドへ向かう訳ですが、ここからは早送りのような展開ですね。
でも、表現としては伝わっています。むしろ、余計な描写を削ること(台詞の代わりに音楽)で鑑賞者自身で理解を高めることの狙っているのではと。
ここの音楽は好きです。歌詞が英語なのですが、歌詞をこれから理解してみたいと思ってます。(筆者、英語力ないです、残念)

<電話機のシーンからエンディング>
そして、あの冒頭の電話機がいよいよ登場する。
あのコーラのラベルのテキストは1回目はスクリーンが遠すぎてよく見えなかった。2回目には3列目でも全ては読み取れなかったのです。
それはスクリーンが近過ぎて、テキストの長さのため視点移動が長くなったためかなと思います。
今日の3回目は読めた気がします。でも、既に文章を知っていたからかもしれません。このシーンは文字列全体を映した後、今度は拡大してパンする表現の方が良かったかもしれませんね。

そして、あの呼び出し音ですが、この場面でドロップの言葉がナレーションのように出て来ます。
この呼び出し音のひみつは、鑑賞者に委ねられているようですが、筆者なりにも考えてみました。(2通り考えました)
でも、答えはないのだと思います。
なので、ここには書きません。

<鑑賞後の行動と気持ちの変化>

本日頂いた特典の小説(後日談)の中に呼び出し音の主の答えが書いてあるかどうかはわかりません。
これから読んでみます。
それから、小説(薄いのではなく、分厚い方:スピンアウト版)も鑑賞後すぐに買いました。
これも読んでみます。

そして、もう一度、今度は大きなスクリーンで見てみようと思っています。
でも、早く行かないと小さいスクリーンになってしまうかも。

とっくに、もう二度と見ないと思っていた自分(筆者)はどこにもいませんでした。
なんなら、もう一度見たいとすら言ってるのですから。

3. あとがき(まとめ)
結局、今回もこれまで同様、途中退場せず、最後まで観ていました。
でも、観終わった直後、筆者はこの作品を完全に理解し、作品を受け入れられたことを実感していました。

この作品に対する捉え方の180度の変化は何なのだろうと思いましたが、鑑賞後、そう感じていた自分(筆者)がそこにいたのは紛れもない事実です。
この理由の1つは、1回目、2回目で気になったこともいつの間にか全て咀嚼出来ていたのだと思います。登場人物の理解もされていたし、純粋にストーリーを楽しんでいたのだと思います。もちろん初見で観ることの楽しさとは違います。でも、今回はいろんなことが見えていたと思います。そこには先入観もわだかまりもない状態だったからだと思います。

筆者は3回目の鑑賞でようやく、すんなり受け入れられていて、納得が行きました。
もちろん、1回観ただけで理解できるのが理想ですけどね。

さらに、その結果、新たな発見がありました。この作品はもう1つの「よりもい」だと思いました。しかも、めぐっちゃんをメンバーに加えているのです。
もちろん、その理解が正しいのかはわかりませんが、筆者は、とにかくそう得心したのです。
1回目に見たときには、トトの表情が筆者としてはちょっと苦手なめぐっちゃんのものだったことが気になっていたのですが、3回目の時は、この物語が進むにつれて、トトは、本当はいいめぐっちゃんであることに気が付くのです。

本当に来てよかったと思いました。よりもいファンの全ての方にオススメするかと言われると難しいですが、よりもいとは無関係にいい作品(佳作)だと思います。
キャラをあまり意識せず、肩の力を抜いて観てください。
これがこの作品を鑑賞するに際して、一番大事なことだと思います。

もう一度言います、先入観を持たず、肩の力を抜いて観ましょう。

いくつかのエピソードが話の構成上必要なものということに少し違和感があるという方の意見も理解出来ます。
女子がほとんど出て来ないなど、個人的な好みがあることは承知の上です。
筆者はチボリの登場シーンをもう少し増やしてほしいと1回目は感じていました。鑑賞前はチボリの登場シーンに期待していたからです。

スクリーンは大きい方が良いのは間違いないと思います。

自分(筆者)にとっての宝物って何?
この作品を理解出来たことが宝物なのかも。

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追記1:
3回目鑑賞後に確信したこと、それは、ロウマがキマリであり、キマリ同様、狂言回しの役目を負っている。
その親友のトトがめぐっちゃんだということ。
ロウマはドロップを引っかかりなくドングリーズに入れたことに表されるキマリの人に対する考え方を表している。
理知的なトトは報瀬でもあるかもしれません。ドングリーズの創立者であり理念と知識を持っているけど時々、感情をストレートに出す。
また、本作中ではドロップ自身が日向が自分のことを説明した時と同じ様なことを言っている。
なので、ドロップは日向の性格を持つ、見た目は明るい思いやりのあるキャラ。
さらに、ドロップは目標を持っている。しかし、日向のように哀しいバックボーンも抱えている。
では、結月はいないのかというと、友達(宝物)を見つけるということを作品のモチーフにしていることで表している。

追記2:
帰りに本屋に寄って、ペンギンの本と、アイスランドのガイドブックを買いました。
アイスランドに行くとは言っていない)

追記3:
1週目の特典のP29のよりもい民への感謝の言葉だけで本当に胸一杯になりました。
いしづかあつこ監督ありがとうございます。そして、それを支えた多くのスタッフの皆さんありがとうございます。
これからも素敵な作品を作ってください。

追記4:
筆者は何人かのクラスメートと秘密基地を小学4年生の時に作っていて、途中で自分だけ、急に冷めてしまってその基地のメンバーから脱退したことをふと数十年ぶりに思い出した。
なんのための基地だったかは覚えていない。でもその後、小学6年くらいにクラスメートほぼ全員で野球を放課後にやるのが楽しくなった。
友達付き合いって大事かなと、ちょっと考えた瞬間だったことを今日、ふと思い出した。


注1:筆者が意識していたCMOS(シーモス)の発音(アクセント)は、神奈川県横浜市金沢区にある遊園地、水族館施設のシーパラダイスの通称「シーパラ」です。
平板な発音となります。

チボリの発音は、水筒(魔法瓶)のメーカー名の「サーモス」と似ています。
最初の音「シー」の部分が高く発音されています。
CMOSの説明をしている音声をYouTubeなどで色々聞いて見ましたが、全て筆者の意識している発音と同じに聞こえました。
関東圏は元より、関西圏の方の発音でも差は感じられませんでした。
チボリは関東人だと思われますが、どうしてこのような発音になったのかはわかりません。
英語圏に幼い頃住んでいたとかの理由で、意識せずネイティブ化していたのかもしれませんね。(ということにしておきます)

注2:チボリのNYでの美容室のシーンの挿入場所がどのタイミングだったかの記憶が明確ではありません。
タイムズスクエアの真ん中で空に向かってD200で撮影しているシーンも含めてそのシーンの前後関係を記憶できていません。
もう一度、見たいのは、このチボリの登場シーンの確認の意味もあります。
また、何より、大きなスクリーンで見ることの素晴らしさを実感してみたいことに尽きると思っています。
3回とも小さめのスクリーンだったので。

注3:実際、そんなに気にならずに鑑賞出来ました。作品の流れに逆らわず、すんなり入ると自然と作品に集中出来るということですね。

(2022年2月26日、3回目の鑑賞直後に記す)

 

グッバイ、ドン・グリーズ鑑賞の記録(2回目)

ドングリーズ3回の鑑賞の記録

この文章は初回、2回目の鑑賞した後の気持ち、3回目の鑑賞後の気持ちの変化を記しています。

ネタバレを含みますので、未鑑賞の方は、そのつもりで見てください
(なお、このブログ中では、この文章を書いている自分自身のことを「筆者」と呼んでいます)

(1回目は東京国際映画祭、2回目は公開1週目の日曜日、3回目は公開2週目の土曜日)

(1)1回目の鑑賞(リンク)
(2)2回目の鑑賞(本記事)
(3)3回目の鑑賞(リンク)

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(2) 2回目の鑑賞

コロナの感染者がまだまだ多く、都心やターミナル駅の近くの大きなスクリーンの映画館は避けて、2回目は筆者の地元の映画館で鑑賞しました。
そこでは、78席の館内に僅か3名しかいませんでした。
筆者は、前回のように集中力を途切れさせたら、またもやもやが募るかもと考え、前から3列目の真ん中の席を予約し、自分の左右、前方には誰も他の観客がいない状態にしました。

今回は、台詞もほぼ全て聞き取れました。

そして、あの初回鑑賞時に気になったチボリのあの台詞もまた聞こえて来ました。
では、その台詞の説明をします。

<チボリの出会い(過去のエピソード:ネモフィラが咲き乱れる公園)>
カメラ好きの女子の一方的な話。相手に好意がある場合(そう勝手に捉えることも含めて)によくある展開。
女子側の照れ隠しという意味もある。筆者はすごく理解できる。

そして、チボリが語る撮像素子の話。

ここで、筆者にとって、1回目の鑑賞時、最大のピンチが訪れたのです。
チボリが「シーモス」(CMOSの言葉を発した時、筆者は「えっ、それ何?」
チボリの存在(カメラに詳しいというキャラ設定)に疑問符が付いてしまったのです。
それは、このCMOSのアクセントです。(*1)
筆者は、長年撮像素子に関わる仕事をしていて、CCD時代からCMOSに切り替わる時もずっと、この撮像素子の名前をしょっちゅう仕事場で口に出していたので、このCMOSの呼び方に大きな違和感を感じてしまい、鑑賞中の話の流れから完全に頭が逸れてしまったのです。
ちなみにCMOSは、半導体の種類を表すもので、TTLに対する論理回路を構成するものとしても、50年以上の歴史があります。
撮像素子としてのCMOSは、CMOSイメージセンサー(シーモスイメージセンサー)の略称(通称)として使っているので、フル表記の頭の部分だけを言うときにも同じアクセントです。P-MOS, N-MOSとの繋がりで、C-MOSという表記もありますが、発音は日本語としては同じです。

これは2回目鑑賞時においても、1回目程ではないけれど、やはり引っ掛かりました。
この発音を鑑賞後に調べて見ました。
英語(ネイティブ発音)では、チボリの発音で合っているようですが、日本語でこのアクセントで慣用的に言い表しているのがどうなのかは、はっきりしませんでした。
関西圏でも筆者の関東圏と同じ発音のようです。
チボリは過去に英語圏に住んでいたのかも確認しましたが、そうではないようです。

(別のアニメの例で言うと、たまゆらで「汐入」(横須賀の地名)の発音が地元に住んでたはずの主人公が異なるアクセントで話したのには、地元民がドン引きしたということもありました。なお、以降のシリーズでは正しい発音に直されています)

リアリティという意味では、ペンギン饅頭号の維持費の捻出や乗組員の数など、ツッコミどころは満載ですが、気にし始めると止まらなくなるので、よりもいでは気にしないことにしています。

筆者は、このCMOSの件で、初回鑑賞時にチボリの存在感が薄れてしまったのが残念でした。
リアリティって重要ですね。
CMOSの発音の件は、筆者だけの問題なのかもしれませんが、例えそうであっても、この初回鑑賞時にそれを感じてしまったのは筆者にとっては大変アンラッキーなことでした)

<前半のシーンの総括>
2回目鑑賞時は、チボリのCMOSの件も含めて、特に集中力を切らさずに鑑賞出来ました。
自分にとっては通常の1回目の鑑賞がようやく2回目で出来たのかなと思います。
けれど、道が水没しているシーンにたどり着くまでが長いと言う印象はこの2回目の鑑賞でも変わりませんでした。
まあ、1回目が無かったものとして考えれば、この2回目の時に感じたことが、一般の人の1回目の時に感じた印象と似ているのかなと思います。
前半の部分のいくつかのエピソードを削って、後半にその尺を回す。例えばほうれん草のくだりとかを。
(女装のくだりは、ドローンを見つけるための伏線なので、そのままでは削れないですが、他に伏線をうまく作れば削れるかも)

<後半の印象>
やはり、前半が長いという印象を持っている時に、後半のスピード感のある展開(尺が足りない感を感じること)は、物語を理解するには、ちょっと辛いです。
残念ながら、後半部は初回鑑賞時と同じレベルの理解度でした。
何より、今回残念だったのは、スクリーンが近すぎて、電話BOX内のコーラのラベルのテキストが最後まで読み取れなかったことです。
首を左右に振らないとテキストの最後までたどり着かないという致命的なミスをしていました。
作画において、ラベルをアップでパンして頂ければ、スクリーンが遠くても近くても、文章の最後の大事な単語まで読み取れるとも思いましたが。

<2回目鑑賞の全体の印象>
冒頭の自転車の疾走シーンが時系列のどこにあるものか、同じく冒頭の滝のシーンでの(顔の見えない)ドロップの登場シーンの意味は理解できた。
けれども、もし、1回目の鑑賞でそれを認識できるには、相当な記憶力と時系列を意識するためにシーンごとの髪型というヒントを掴み取らなければならないという部分ではやはり辛い。
何より、やはり、ドローンを探すための山中のエピソードが少し長く感じることです。
筆者の2回目の道路水没シーンが出て来た時の偽らざる感想は「(このシーンが)やっと出て来た」というものでした。疲労感がありました。作中の3人と同じ疲労感かもしれません。でも、2回目の鑑賞時にも1回目と同じことを感じたのは辛かったです。
そして、あのコーラのラベルのメッセージが長くて最後までスクリーン上で読み取れなかったことで、もやっとしました。
鑑賞後、購入したパンフレットの最終頁にあのラベルの画像があったので、このもやもやは晴れましたが。

なお、後半部分の謎、電話BOXで電話が鳴っていた理由など、いくつかの疑問が解けていませんでした。
なので、小説版を鑑賞後にすぐ購入し読みました。でも、本文中では知りたいことは何もわかりませんでした。
ただ1つ、あとがきにいしづか監督の映画制作にまつわるエピソードが記されていて、少しヒントをもらったと思いました。

(2022年2月26日、3回目の鑑賞直後に記す)

 

グッバイ、ドン・グリーズ鑑賞の記録(1回目)

ドングリーズ3回の鑑賞の記録

この文章は初回、2回目の鑑賞した後の気持ち、3回目の鑑賞後の気持ちの変化を記しています。

(ネタバレを含みますので、未鑑賞の方は、そのつもりで見てください)
(なお、このブログ中では、この文章を書いている自分自身のことを「筆者」と呼んでいます)

(1回目は東京国際映画祭、2回目は公開1週目の日曜日、3回目は公開2週目の土曜日)

(1)1回目の鑑賞(本記事)
(2)2回目の鑑賞(リンク)
(3)3回目の鑑賞(リンク)

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(筆者は出来得る限り、初見では、前情報を一切シャットアウトして映画に臨むことを常としています)

(1)1回目の鑑賞

1回目は東京国際映画祭でした。
有楽町の角川シネマで上映されました。
上映前に舞台挨拶が行われ、主要な登場人物を演じた声優の方々、そしていしづか監督が登壇され、ネタバレが無いように気を付けながらのトークでした。
上映前のトークはそのような気遣いもあって、あまりスタッフ、演者のお話しとしては興味が薄いものになってしまいがちなので、筆者は他の作品でも出来る限り上映後のトークイベントの回に参加するようにしています。

トークの中で気になったのは、いしづか監督の「よりもいでは、半径20mの中の世界を描いていましたが、今回は、より広い範囲を描いています」という発言でした。
南極まで登場した前作より広い世界って何だろう、アイスランドが出てくるらしいので、そこでの展開に期待が膨らみました。


(以下、説明上、道路が水没している所に至るまでのシーンを前半とします。その後のドローン発見、およびアイスランド行きからエンディングまでを後半と呼びます)

以下、上映終了後の振り返り(感想)です。


<前半のシーンで集中力が喪失したこと>
チボリが1シーンだけ登場して、その後出て来ませんでした。
ずっと主人公の3人だけでひたすら話が進みます。半径3mの世界の話のように感じました。
観終わった後の正直な感想は
「前半(実際には尺の8割かも)がひたすら長い」
「そして後半の展開が速くて、何がどうなったのか理解出来ない」
この感じた原因はいくつかありますが、一番大きなことは、会場のスクリーンが小さかったこと、座席が真ん中よりちょっと後ろぐらいだったために、スクリーン上の重要なテキストが読めなかったことです。
さらに主要な3人の名前がすっと入って行かなかったためにストーリーの理解が困難だったことも。
主要な登場人物の名前がカタカナだったことが筆者においては不利でした。
推理小説などでは、登場人物の名前を全て把握することがとても大切ですが、登場人物が多く、その全てがカタカナで表される外国の作品は非常に苦手としています。
正直に言うと、1回目での上映では最後まで、登場人物と名前が一致していませんでした。
これを避けるには、映画のチラシを見ておくとか、前もって知識を入れておけばよいのですが、鑑賞前には一切の情報を入れないことは筆者のポリシーなので出来ません。
また、今回の3人のうち2人は、苗字や名前から類推される名前でしたが、トト(TOTO)に関しては苗字が「御手洗(みたらい)」であることを聞き漏らしてしまい、その理解度を上げるチャンスを逃してしまいました。
上映館の音響も微妙だったかもしれません。いくつかの重要な台詞を聞き逃していたと思います。
これについては、集中力が途切れていたこともあると思いますが、2回目の上映館は前から3列目でしかも、3人しか観客がいない状況下で集中力を途切らさずに見ていたつもりでしたが、例えば、チボリのロウマに向かって「同じカメラを入手するんだ」と言った台詞ですらも聞き漏らしていました。

この集中力を途切れさせた原因は、同じよりもいファンのFさんの指摘のような、あまり上手ではない俳優さんの台詞を耳にしたことではありません。
そこに関しては、筆者はスルー出来ていました。

(少し補足しておくと、それはもちろんその方が上手という意味ではないし、元々、その方に対する思いも特段ないし、ストーリー上重要なシーンでもなかったので気になりませんでした。)
(「棒読み」の件に関しては、宮崎駿氏の作品「風立ちぬ」での主人公の声には流石に参りました。トトロでの糸井さんの「クサカベでーす」にはユーモアを感じていましたが、風立ちぬの様なシリアスな作品では到底無理でした。宮崎監督は慣れてない人の方がいいんだ的な説明をしていますが、これに関しては筆者は組みしません)

(関連した話ですが、登場人物の名前があまり見かけない(聞き慣れない)名前の場合、他の作品を想起させることがあるので困ります。)
(筆者もFさんをはじめ、よりもい民の少なくない人達が絶賛したアイ歌の評判を聞き、何も一切情報を入れず、劇場へ行きました。
すごく楽しかったし、リピートもしました。)

(でも、アイ歌の重要な登場人物の名前が「とうま」であることが、「とあるシリーズ」の主人公と同じであることがすごく気になりました。
なんなら、カミサンの名前が、シオンが連呼する重要な登場人物の名前と同じであることには参りました。
カミサンには、この映画を見せたいと思っていました。
けれど、筆者の地元では1ヶ月くらいで上映終了してとても残念でした。

なのでもう一度見るために立川まで2時間半かけて行きました。それくらい見たい作品でした。
そして、今作の主人公は「ろうま」でしたが、ギリギリセーフです)

 

少々横道に逸れてしまいました。

本題に戻ります。

 

<トトのキャラデザ>

キャラの描き方もいわゆる大人の女子向けアニメでのお約束のイケメン的な作画ではなく、吉松さんの可愛い表現のキャラクターだったので、主人公の格好良さが鼻につくこともなく、同じ男子としてもそういう部分での引っかかりはありませんでした。
しかし、1点だけ気になったのは、結構最初の方のシーンで、トトの表情が、めぐっちゃんが100万円をキマリが拾って、それを届けずに学校へ持って来た時に、キマリに対して疑いの表情(目)をした時と同じ描かれ方をされたことです。
この表情を見た瞬間に、「あ、めぐっちゃん登場だ」と、トトに対する親近感がガタ落ちになってしまったことです。
筆者は、めぐっちゃんにはよりもい視聴時においてあまり共感出来ていませんでした。
よりもいを見ていない人には分からないことですよね。

(もちろん、この100万円をネコババする意思がキマリには全くないことはめぐっちゃんは百も承知しています。単にちょっと冗談っぽくツッコミを入れたかっただけですね)


<ほうれん草のネーミングのシーン>
筆者が次に気になったのは、ほうれん草のくだりで、ロウマが「ユグドラシル」って独り言のように言った時、「ん?、聞き覚えのある言葉だ」と。

中二恋(「中二病でも恋がしたい」:京アニのアニメ)で、六花がよく似たようなフレーズを度々言っていたのをすぐに思い出しました。
この瞬間、頭が「中二恋」になって、ロウマが勇太に見えてしまいそうに。

ユグドラシルって結構パワーワードなんだとこの時、初めて感じました。筆者は中二病的な時期にこのようなファンタジー系の妄想には全く関わりがなかったので、この瞬間まで理解出来ていませんでした。
また、このシーンでは、テレビ画面内によりもいが流れていたことを後日知りましたが、スクリーンが小さかったこともあり、全く気が付きませんでした。

<チボリとの出会いのシーン>
筆者が集中力を途切れさせた最大の原因は、この後のチボリのある台詞だったのです。
チボリは作品を観るまでは4番目の主人公だという認識であり、結構重要なキャラだと思っていたので、なおさらです。
このことは、別記事「2回目の鑑賞」の中で詳しく述べますが、この台詞以降、筆者はそのことがずっと気になって、これ以降のいろんな重要な台詞を聞き漏らしていたかもしれません。
スクリーンが小さかったこともあり、時系列が前後する展開、主人公の髪型の変化なども見落としていたかもしれません。
もちろん、「ドネーション」という言葉だけで、ドロップの境遇は一瞬で理解していましたが、ストーリー展開を追うことが出来ていなかったと思います。

<上記のシーン以降に感じたこと>
まあ、筆者が鑑賞能力が低いということに尽きるのかなと思いますし、作品の雰囲気はよりもいとは別のものだったこともあり、若干、筆者の嗜好とは違うなと感じたからかもしれません。
あとは、ずっと男子3人の世界の中での展開と、非常に狭いエリアでの移動の話だったこともあるかもしれません。
これらの前半の部分だけで疲れている自分に気が付きました。金曜日の仕事の後での上映でもあり、1週間の疲れが出ていたのかもしれません。
そして、後半は、それぞれのシーンの長さが短く、時間経過が加速し、疲れていたこともあり、展開について行けてなかったと思います。
ニューヨークのタイムズスクエアでチボリがD200を空に向かって撮影しているところなどはしっかり目に焼き付いていますが、美容院にいた理由というか、美容院を登場させた理由がわかっていません。

後半では、あの音楽(英語の歌詞)とともに、アイスランドに飛び、アイスランドでのあの滝の探索を行う。
筆者には、ここは台詞なしで進み、そのバックに抑え気味の音楽が自分好みで、それまでのある意味狭い世界から解放された空気感がとても心地良かったです。
まあ、あの新海さんのヒット作と似てる手法という例えも理解できますが、あのキャッチーな繰り返しフレーズの歌詞とは違い、今回の曲は歌詞は英語だったこともあり、ネイティブではない自分には歌詞が邪魔することもなく音楽に身を委ねていました。
英語の歌詞が映画の内容にマッチしているかどうかについては、これから歌詞を入手して理解してからになります。

そして、目的の滝の前の電話BOXでは、電話番号(国番号)や、コーラの文字が読めなかったのです。やっぱりスクリーンが小さかった(遠かった)です。

このように、1回目の鑑賞では映画の理解が出来ず、もやもやしたまま、ストーリーの伏線も回収出来ないままのエンディングとなりました。

という訳で、1回目からその後に何度か行われた試写会にも(コロナ下もあって)応募せず、公開日まで3ヶ月待ちました。
正直、この1回目の鑑賞の後、先行試写会などで再度観るモチベーションはほぼ無かったです。ムビチケをよりもいキャラのクリアファイル欲しさに2枚購入していたので、これを無駄にはしたくないという消極的な動機しか残っていませんでした。

(2022年2月26日、3回目の鑑賞直後に記す)

 

 

コミケ c99 新刊(2021年冬)神尾家のひみつ(訂正記事)

2年振りのコミケが無事開催されました。

これまでのコミケと異なり、入場制限のある中、1日目は5万5千人の来場者があったそうです。

当スペースにも多くの方にお越しいただきありがとうございました。

今回、ようやくこの本を皆様にお届け出来たことを嬉しく思います。

また、コロナの影響や諸般の事情のためお越しになれなかった方にも今回は早めに通販でお届け出来るようにいたしました。

 

メロンブックス様の通販はこちらです。

www.melonbooks.co.jp

 

さて、相変わらず校正が甘くて、いくつかの間違いを出稿後に発見しています。

申し訳ありません。今回の間違いのほとんどは、聖地を訪れた年の記述です。

筆者は、2012年に初めてAIRを見て、その後、作品の背景のモデルの場所(聖地)に訪れたいと思いましたが、筆者の居住している場所(神奈川県)から関西地域、それも京都や大阪からさらに2〜3時間かかる場所へ訪れるのは、なかなかタイミングが作れず、また、香住(香美町)のように訪れた後に多くの聖地が存在していることを知ったり、あるいは、丹鉄の乗車や列車を納得のいくアングルで撮影するために何度か訪れたりと多くの時間を要したことはあとがきにも書いた通りです。

そのあとがきの記述において時系列の間違いがあることに気がついて、急遽、訂正シールを貼りました。なんとか、コミケ開催日までに対応できましたが、本文中にもいくつかの日付の間違いがありました。

以下に、筆者のAIR聖地に訪れた年月と関連イベントを列挙します。

2012年: 7月 函館

2013年: 3月 木幡 5月 国立 8月 小浜、舞鶴 9月 国立(2回目)

2017年: 5月 飯岡 8月 由良川、香住 10月 京アニ私たちはいま(石原監督への質問)

2018年: 1月 中二恋TOM公開 6月 御坊、美浜町 8月 由良川(2回目)

2019年: 6月 上士幌 7月 函館(2回目) 8月 香住(2回目)

2020年: 10月 舞鶴(2回目)

 

ということで、上記に照らして、以下の年月の訂正をしておきます。

P16 下段2行目 ×6年 ○7年

P18 3段目17行目 ×2019.8.17  ○2017.8.17

 

また、中二恋TOMの名称は、×中二病でも恋してる ○中二病でも恋がしたい

ですね。大変失礼いたしました。

 

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そして、今回のこの訂正記事で最もお伝えしておかなければならない部分です。

本文、最初のページ(P4)の最初の写真の説明、および本文に、西御坊駅廃線跡の登場がOPにとありますが、巻末のリストにもあるように第6話の終了間際に登場する1回のみだったことです。

この間違いに気が付いたきっかけは、この巻末のリストを出稿後に何気に見ていて、OPの項目に○が付いていなかったことです。それで再度OPを見直して、登場していないことに気が付いた訳ですが、筆者はこのシーンがOPに登場していると完全に勘違いしていました。

なぜ、このたった一度しか登場しなかったこのシーンがそれほどまでに筆者に印象深いものになったのかは未だにわかりません。

さらに、中二恋TOMでは、過去の京アニ作品に登場した代表的なシーンをいくつか登場させていた中で、AIRとしては、この廃線跡が唯一のシーンでした、AIR関連ではこれ以外に2箇所登場していますが、それらはAIRの登場カットそのものではありません。

それほどまでに、石原監督にとって、この廃線跡のシーンがAIRの代表的なシーンとなっていたようです。筆者のように、このシーンがAIRを思い出す印象深いものであり、それがOPにも登場していたと錯覚していた方は他にもおりました。

筆者は、この第6話の美凪回(みちる回)が大好きです。その美凪エピソードが一区切り付いた後のシーンだったことで印象深く刻まれたのかもしれませんし、あるいは鉄道に関連する事物は意外と記憶に残るものなのかもしれません。

ちなみに、このシーンでは往人が線路の上を歩いて川を渡っています。

実際、2005年の放送開始後のしばらくの間は川の上にレールが残っていましたが、その後、ほどなく撤去されています。

(2022年1月3日)

 

コミケ c99 新刊(2021年冬)神尾家のひみつ(AIR巡礼本)

 

f:id:haimidori:20211224234443p:plain

コミケ(C99)のサークル「やきいも」の新刊紹介です。(12月30日(木) 1日目東L-37a)


1. 神尾家のひみつ (A4:フルカラー24p) (500円) (新刊:C99) 
「神尾家のひみつ」 はTVアニメAIR京アニ版)の聖地巡礼・舞台探訪の解説本です。

内容:

AIR」のTVアニメシリーズに登場した和歌山県御坊市美浜町や、兵庫県香美町(香住) および京都府舞鶴市、東京都国立市は元より、全国に散らばった登場したすべてのシーンを網羅しています。そして、今回の同人誌のタイトルの北海道の函館市に存在する観鈴ちんの家の中ももちろん紹介します。

 

AIRが放送されてからもうすぐ17年になろうとしています。

筆者がこのアニメを初めて見たのは2011年です。そこからでも10年の月日が流れています。

残念ながら、聖地の一部は変化したり、あるいは既に存在しない場所もあります。

多くのkeyファン、京アニファンはこの京アニ版のTVアニメ化に感銘を受け、AIR追体験のため、先人達が見つけた聖地を訪れる方々が今もいます。

筆者もその1人として、このアニメの舞台をより深く調べ、理解し、残して行こうと思いこの冊子を作りました。

この冊子をお読みになり、AIRを再度見直すきっかけになるとAIRファンの1人として嬉しいです。

巻末には登場シーン一覧を載せています。今回はDVDでのシーンの再生時刻も記載しました。

皆様の知らなかったことや発見があればと思います。

そして機会があれば、その聖地にも訪れてみて頂ければと思います。

 

AIRには、未発見の背景シーンが多く存在しています。今回、未発見の場所を見つけるためのリストも作成しています。

DVD版での登場シーンの話数と再生時刻を載せていますので、参考にして頂ければ幸いです。(著作権の関係で、キャプは収載していません)

 

以下は内容の一部です。

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f:id:haimidori:20211225010228p:plain


2年ぶりのお台場です。皆様にお会い出来ることを楽しみにしております。
ぜひ、お立ち寄りください。

 

C97既刊、「新ペンギン饅頭号のひみつ」(よりもい巡礼本)も持って行きますのでよろしくお願いいたします。

 

(2021年12月25日)