はいみどりの世界

すてきな記憶を忘れないために

エトペンのひみつ(コミケ C96)補遺記事(夏休みの宿題:自由研究)

C96(2019年夏コミ)で頒布いたしました「エトペンのひみつ」のもくじに

・オーロラの原理と低緯度オーロラ

の項目がありましたが、この内容が本編に存在しておりません。申し訳ありませんでした。

遅くなりましたが、この項目に相当する記事を本ブログに載せさせて頂きます。

---------------------------

<オーロラの原理と低緯度オーロラ>

・オーロラの発生と範囲

オーロラは、太陽風(プラズマ)が地球に到達し、そのプラズマが大気圏で空気にぶつかり、発光するものなのですが、その太陽風は地球の磁場に導かれて、極地(北極、南極)に集まるため、その地域でしか見ることが出来ません。

正確に言うと、極地と言っても、北極点や南極点など地軸のあたりではなく、磁極(北磁極、南磁極)を中心にしたドーナツ状のエリアにおいて、観測が出来るのです。

このエリアのことをオーロラベルト(オーロラ帯)と言います。

f:id:haimidori:20190916135942p:plain

オーロラベルト(北極)

幸いにも、昭和基地はこのオーロラベルト(南極)に入っており、オーロラの観測に適した場所です。

めぐっちゃんの行った北極(筆者の推定では、カナダのイエローナイフ)も、このオーロラベルトに入っており、ここはオーロラベルトの中では、緯度が若干低く、比較的、行きやすい場所であると言えます。(もちろん、寒いですが)

ところで、このオーロラベルトに入っている地域でしかオーロラを見ることが出来ないという訳ではなく、あくまで、オーロラが出現しやすい目安の地域のことを指します。

オーロラが現れている地域は、このオーロラベルトの外側まで広がっていることもあります。オーロラが出現している時の発生の範囲をオーロラオーバルと呼びます。このオーロラオーバルは、オーロラが発生している時も、時々刻々と変化しています。

このオーロラオーバルの出現予測を示してくれるこんなサイト(SPACE WEATHER PREDICTION CENTERもあります。(*1)(*2)

 

このサイトでも表示されているように、ドーナツ型ではなく、どちらかというとクロワッサンのかたちをしたエリアになります。(日時によって形が変わるので、クロワッサン型でない時もあります)

もちろん、このオーロラオーバルの出現する場所は基本的にはオーロラベルトを中心とした地域で、高緯度地方であり、通常はこの範囲でしかオーロラを観測することが出来ないのですが、強い太陽風が地球に到達して磁気嵐が発生し、ごく稀に、低緯度(極地に近い範囲を高緯度と呼ぶことの対語)の地域(例えば日本)でもオーロラを観測することが出来ることがあります。

この低緯度でオーロラが観測出来ることを、低緯度オーロラと呼びます。

 

・低緯度オーロラと発生場所

低緯度オーロラは、これまでの観測の記録を見る限り、高緯度地方で見られるような緑色のカーテンのような特徴的なものではなく、赤い発光であり、その見える範囲も全天ではなく、北半球では北の方角の低い高度に現れるようです。

この低緯度オーロラは、過去の日本の文献にも記録されており、平安時代藤原定家が書いた明月記に記されている京都で観測されたこの現象(1204年2月)は、「赤気(せっき)」という名前で記録されています。(*3)

 

また、今年の極地研の公開日(2019年8月3日)にオーロラ講座が開催されていましたが、その脇にこの赤気の絵(コピー)が展示されていました。極地研に行かれた方はお気づきになられていたでしょうか?

この絵は京都で1770年9月に描かれたものだそうです。午前0時頃の北の方角のものです。

京都は北海道よりも緯度はさらに南に位置するので、オーロラの観測は非常に稀だと思います。この時も大きな磁気嵐が地球に発生したのだと想像されます。また、当時はまだ電気のない時代なので、街灯も人家の明かりもなく、夜空は暗かったので、今よりも観測には有利だったと想像できます。

記録に残されるというのは、やはりインパクトの大きな出来事だったことに加え、それを記録に残そうとする人が少しはいることが必要で、京都のような大きな都市だったからこそ、そのような記録(色絵)が残されたのだと思います。

この絵は、『星解』という名前の書物に描かれたものですが、日本に3個存在しているそうです。そのうちの1つが三重県の松坂市の郷土資料室が所蔵しているそうです。(*4)

三重県松坂市といえば、北海道の名前を命名した松浦武四郎の出身地です。北海道とのつながりをこんなところで感じてしまいました。(*5)

 

さて、低緯度オーロラは、高緯度に対する言葉ですが、高緯度地域(北緯(南緯)60度以上)よりも低い緯度という意味であり、赤道地域を指すのではありません。

オーロラが通常発生している地域では、全天で見ることが出来ます。それは、この地域の頭上にオーロラの発生する原因が存在しているからです。

一方、低緯度オーロラは、オーロラの発生する場所が高緯度寄りであり、その直下ではないため、地平線の近くにしか見ることが出来ないようです。

 

前述の京都で観測されたのは、ずっと昔のことであり、当時の磁極(北磁極)の位置が現在と異なっていたことも関係しているようです。磁極は、ずっと固定している訳ではなく、絶えず移動しています。磁極が移動している理由ははっきりしていませんが、地殻内のマントルの移動など、地球内部の構造に関係しているようです。

ただ、流石に京都のような低緯度で観測できたのは、よほど大きな磁気嵐が発生し、そのオーロラの発生場所も京都の北方の比較的近い緯度だったのではないかと考えられます。

また、低緯度オーロラが赤い理由ですが、オーロラは、発生している時の高度によって色が異なり、高緯度地方で見られるオーロラは通常は緑色が多いです。それは、オーロラの下部、つまり高度の低い部分は緑色であることによります。一方、高度の高い部分は赤色であり、遠方から見ることの出来るオーロラは、このオーロラの上部しか見えないため、赤い色のオーロラしか観測することが出来ないのです。

日本でオーロラが今よりもよく見えるようになるには、磁極の位置が北極点よりロシア側に移動すればいいのですが、短期間に移動するものではないので、すぐに実現するものではありません。(*6)

 

さて、陸別町のりくべつ宇宙地球科学館(銀河の森天文台)内に展示されている写真(トップ>りくべつ宇宙地球科学館>天文ギャラリー>低緯度オーロラ を参照)を改めてよく見てみます。赤い色のものが大多数ですが、緑色のものもあります。天文台がシルエットに浮かんでいるものは、建物の形状から北の方角に向かって撮影していることがわかります。

いくつかの研究資料に依れば、オーロラを離れたところから見た場合、下層の緑色の部分が見えず、上層部の赤色の部分が見えるので、低緯度オーロラは赤いという説明でした。撮影条件、状況がわからないので、緑色に写っているのは何なのかは気になります。

 

オーロラの発生地点(A地点)から、実際にどのくらいの距離(緯度差)までこの赤いオーロラが見えるのか計算してみました。

観測地点(B地点)では、地平線の上から10度までの範囲でオーロラが観測されると仮定します。

f:id:haimidori:20190916234654p:plain

オーロラ高度計算図

通常の緑色のオーロラの高度は100-200km程度であり、さらにその上層の赤色の部分は200km以上となり、最大でも500km辺りまでということです。

f:id:haimidori:20190916235705p:plain

緯度差高度対応表

上記のように、オーロラベルトの辺りで発生した通常のオーロラを直下ではなく、少し緯度が下がった場所から見えるのは、赤色の場合では、高度を250kmとした場合では、発生場所より緯度で15度離れた場所辺りとなり、500kmとしても20度離れた場所までとなります。(H1よりも高度が上でないとB地点からは見えない)

現在の磁極(北磁極)の位置は、グリーンランドの西の辺りでここは、日本からは経度としては地球の裏側に当たり、磁気緯度(磁極を90度とする緯度)は、北海道でも、わずか35度くらいにしかなりません。

日本の北の方向で最も近いオーロラベルトとなるロシアの辺りの実際の緯度は80度くらいになり、北海道との緯度の差は35度もあります。先ほどの計算結果の表を見ていただければ判るように、35度の緯度差のある場所から見えるオーロラの最低高度は、1400kmを超えるので、通常のオーロラが見えることはほぼないと考えられます。

つまり、日本では、オーロラベルトの辺りに発生したオーロラを斜めの方向から見るというのはありえないことになります。

したがって、北海道で見えた赤いオーロラ(低緯度オーロラ)は、この通常のオーロラベルト付近で起きたものではなく、より北海道に近い場所で起きたものではないかと思います。

前記の表から考えると赤いオーロラの高度を250kmとすれば、緯度差は15度となります。この場合での緯度60度の場所は北海道の真北に位置するオホーツクという町の辺りになります。(*8)

この場合には、その距離は1800km程度となり、単純に計算しても光の強さは、直下の1/50になり、さらに地平近くの大気の減衰も考慮に入れるとさらに暗くなります。そのため、これが肉眼で見える時は、本当に明るい、大規模なオーロラが発生する時なのだと想像されます。

 

・まとめ(オーロラ観測の勧め)

オーロラの明るさは、実際、結構暗いので、それを観測できるのは、街の明かりの影響を受けない場所でかつ、空が澄んでいるなどの条件が揃って初めて肉眼で見えるのだと思います。写真撮影でしか観測できないことも多いようです。

低緯度オーロラが発生する時は、オーロラの発生する要因、つまり磁気嵐の規模が非常に大きい時であり、それを陸別町で何回か肉眼で観測出来た理由としては、町が人口が少なく、夜空が暗いこと、緯度が比較的高いことなどが挙げられます。

肉眼での観測は本当に稀なのですが、写真撮影は何度か成功しています。

陸別町のキャッチフレーズは、「日本一寒い町」であって、「オーロラが見られる街」としていないのは、この肉眼で見れることが本当に稀(20年に1回程度)であり、流石に、いつもオーロラが見れると公言するのは憚れるということのようですね。

明治以降の記録において、肉眼で観測されたのは、ほとんど北海道であり、この陸別町では、肉眼では稀でも、写真撮影にはこの20年のあいだでも何度か成功しています。(*9)

 

いつも宇宙天気予報太陽風の状況を確認して、大きな磁気嵐が起きた時には、この陸別町に訪れると、もしかしたら、肉眼でオーロラを観測出来るかもしれませんね。

 

*1: NATIONAL OCEANIC AND ATMOSPHERIC ADMINISTRATION(NOAA:アメリカ海洋大気局:米国商務省)の運営

*2: 和訳では同名となる日本の「宇宙天気予報センター」は、日本の国立研究開発法人情報通信研究機構NICT)が運営しています。こちらは、太陽活動や、電離層の影響を伝える情報等を扱っています。

*3: こちらの研究報告書に詳しい

*4: 赤気の画像や江戸時代の観測の説明はこちらの研究報告書に詳しい。

「星解」のこの画像に関しての比較考察は、こちらの研究報告書(PDF)に詳しい。

*5: 松浦武四郎は、幕末に北海道(樺太を含む)をくまなく調査し、様々な報告書を自費でも出版し、また、アイヌ先住民族)の記録、保護にも尽力した。

*6: 最近の情報に依れば、磁極の移動速度が早まり、ロシアの方向へ移動しているようです。原因は不明ですが、オーロラの日本での観測がもしかしたら、今後より可能性が高まるかもしれません。この情報に依れば、現在の北海道の磁極緯度は50度に近いことになります。

*7: 地球の半径=6371km(平均半径)としています。実際の地球の赤道付近での地球の半径は6378kmであり、極点での半径は6356kmであり、一様ではありません。

*8: オホーツク海の語源になった町(ロシアのハバロフスク地方)

*9: 名古屋大学太陽地球環境研究所の塩川和夫教授の低緯度オーロラ解説ページに過去の観測リストが掲載されている。

(2019年9月17日作成)